2018年4月上旬。

妻のお腹はハチ切れんばかりで、いつ生まれてもおかしくない状態が数日続き、お世話になっている近所の日本人家族の皆さんには僕が仕事でいない時に産気付いた場合は子供らを預かって頂くよう頼んだりと準備に取り掛かりました。

が、さすがに5人目ともなると過去4人が何とか無事生まれて来たという経験も手伝って、僕も妻もその時が来ないとどうしようもないよな~と動じませんでした。

男には全く未知の世界ですが、生まれて来るタイミングはコントロール出来る訳もなく、妻の場合は初産の時から「たぶん破水したと思う。」と至って冷静で、丁度検診日だったので病院に行ってみると担当のお医者さんが「あかん!もう生まれる!」と当の静かな本人をよそに大慌てで出産・入院というパターンが続いていました。

今回は、子供らを学校へ送り出した後ぐらいに破水し、お腹の張る間隔が4~6分程になって来た時点で助産院に電話して、助産師さんが駆けつけてくれて診察し、子宮口の長さを測り、触診で陣痛を誘発して、間隔が2~3分程になったらデルフトの大きな総合病院で落ち合いましょうという流れになりました。

移動手段がない場合は助産師さんの車で病院に連れて行ってくれることもあるそうですが、五女の誕生日は僕が丁度仕事の合間を縫って家に帰れた時だったので、空気を読んで生まれてくれる賢い子のようです(笑)

午後になり、病院に向かうタイミングは丁度子供らの学校の迎えの時間と重なったので、学校の担任の先生に妻が自ら事情を連絡し、子供らは少し学校で待機させてもらいました。

妻と四女と僕で入院グッズを持って車で病院へ行き、ちゃんと妻の為に用意された個室の病室兼分娩室にスタンバり、僕は四女を連れ学校へ長女次女三女をピックアップに向かいました。

学校へ着くと先生から事情を聞いたいつも世話を焼いてくれるベトナム人のチーさんも自分の娘と一緒に残ってくれており、何か手伝えることがあったら遠慮せんと言うてや!とありがたい存在でした。

娘達は毎日「いつ生まれるの?いつ生まれるの?」と五女の誕生を心待ちにしており、そんな4姉妹を連れてまた妻のいる病院へ戻りました。

病室へ行くと若い看護師さん達が病室のドアの前にいて、もうすぐ生まれるからもう中には入れないと言うので、待合で僕と4姉妹で待つことに。

妻は異常に痛みに強く、特に声もあげることもなく、病院に着いた時点で子宮口が9cmまで開いており、それがすごいことかどうかは男の僕には分かりませんが、助産師さん達が「え!まだ歩けるの!?」と驚愕していました。

そう言えば、妻の地元大阪で妻の従姉妹が初産の時、子宮口が2〜3cmの時点で絶叫し、ほぼ歩けない状態なのを何とか車に乗せて病院に運び、泣き叫んでいるのを看護師さんが車イスに乗せて搬送して行ったことを思い出すと、妻の痛みへの強さの異常ぶりが伺えます。

オランダの看護師さん達曰く、通常は断末魔レベルだということで、マジで女性リスペクトです。

待合室では多少のおもちゃはあるものの、1時間もすると子供らは当然飽きてしまい、僕のスマホを奪い合ったり小競り合いが始まったので、病院の廊下でジャンケンパイナップルチヨコレイトをやったりして時間稼ぎしました。

こういう時、オランダでは全く怒られないので、のびのび子育てするのに本当に良い環境だと思います。

次第にそんなゲームにも飽きて妻の病室前までゾロゾロ行ってみると、丁度助産師さんが出て来たところで、もう入ってOKよ!ということで待望の五女との対面です。

生まれたての赤ちゃんは妻の胸の中におり、初めてのおっぱいを飲んでいました。正に生命の神秘!

4姉妹はうれしそうに生まれたての五女を眺め、長女と次女は抱っこしたくてたまらないようでした。

三女も二人目の妹誕生を受け入れ、四女は初となる出産にひたすら不思議な心境のようでした。

病院に着いたのが14:30、生まれたのが16:00過ぎ(実際には分娩が始まってから30分)というスピード出産だったようで、妻は今回の出産は全く声を発さなかったそうです。強っ!

出産予定日は4月の末でしたが、例に漏れず37週に突入して1~2日の4月9日、初のオランダで無事5人目の女の子が誕生しました。

今までの娘達は2300g前後の小さい状態で生まれて来たのですが、体重制限がなかったせいか、五女は2700gと今までに比べたら大きく生まれました。

オランダでは父親が出産に立ち会うのが主流だそうですが、我が家はずっと立ち会いはなし。

様々な意見があると思いますが、僕は超神聖な聖域に入るのが躊躇われるのと、妻が苦しむ姿を見たくない派で、妻も旦那であれ出産するところは見られたくないという価値観が一致しているのです。

噂通り、その日の20時頃には退院ですと言われ、少しずつ帰り仕度を始めましたが、20時頃の体温測定で規定値に届かず、一晩入院となってしまったのです。

つづく・・・


カテゴリー: 出産

Tomo Murakami

英語できない、手に職もない村上家の主、4姉妹のパパが2016年10月末より無謀にもオランダに家族で移住し、2018年4月オランダで5人目の女の子が生まれた奮闘記録第二章

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