約半年通ったオランダ語の初心者コースをやり直すことになったのですが、久々の学生体験のお蔭でオランダに根付く教育法を少し体感出来た気がするので、自分目線ですが、記しておきたいと思います。

基本は指定されたテキスト、第1章は先生と生徒。第2章は生徒同士。第3章はカフェにて。というようにテーマに沿ったオランダ語の会話から構成されているテキストを順番に読んだり、そこに出てくる単語の解説や発音のチェック、実践、テキストを2人1組で読み合ったり、とにかく話せるようになるには声に出すことが大事なんだろうなぁと実感しました。

遥か遠い昔、僕の時代は中学からが英語教育が義務化され、「マイネーム イズ マイク・デービス」から始まり、高校では週に1時限だけオーストラリア人の英語の先生の時間割がその学校の売りだった程、英語教育はまだまだ始まったばかりの印象でしたが、日本の英語教育のお蔭なのか、オランダ語のテストはリスニング、会話、書きは最低レベルの中、読みだけは何とか次のレベルと判断されました。

テストの結果を表す成績表も100点満点中何点ということではなく、「あなたの今のレベルはここですよ」という表し方も新鮮でした。

落第を決めた時も、先生から落第の烙印を押された訳ではなく、あくまで自主的に落第(やり直し)の道を選択したような面談でした。

おそらく自分が望みさえすれば皆と一緒に次のレベルに進むことも可能だったのではないか?とさえ思えました。

日本の英語教育のせいとはもちろん言いませんが、僕は発音とヒアリングが超苦手で、テキストを読むのも相当カタコトですし、会話だけになると相手が何を言っているのか全くチンプンカンプンいう状態でした。

クラスメイトのハイチ出身のジャネットが僕に「Hoe is het?」(フーイズヘット? 英語でHow are you? = 元気?)と問いかけてくれるのですが、発音が高速で「フイザッ!」としか聞こえず、「フイザッ?フイザッて何ですのん??それ美味いんですか???」となってしまい、お話にならない状態がしばしば。

おしゃべり好きなのに、オランダ語クラスではほぼ口をつぐんでいるという情けない状態を打破出来ず、半年過ぎてしまったという訳です。

いきなりオランダの現地小学校に放り込まれた娘達の気持ちが良く分かりました。周りが何を言ってるか全く分からないのは不安だっただろうなぁ。

とにかく間違っても何でもいいからガンガン口に出す他国のメンバーに比べて、日本で培った間違うことを恐れる文化が染み付いているのか、「分かりません」というオランダ語も分からなくて、当てられても「アー・・・アー・・・ンー・・・」と段々フェイドアウトしてしまうということもあって、悔しいやら情けないやら。

「分かりません」や「理解できません」という意味のオランダ語ばかり必死で練習しながら、心を鍛えなければいけない状態でした。

木曜日のヨーカ先生はとにかくテキストを閉じて、みんなを立ち上がらせて、それぞれの年齢を聞き合って、年齢の高い順に並ばせたり、服の特徴を言って誰のことか当てたり、お店ごっこをしたり、それぞれと食事の約束を取り付けて1週間の架空のスケジュールを埋めさせたり。

ゲーム感覚で楽しみながら自然と会話に繋がり、クラスのコミュニケーションも良くなって、楽しく実践を重ねられるいい方法だと思いました。

授業全体を通して一番戸惑ったのが、例えば自己紹介の文一つとっても正解は一つではないということ。

当てられた生徒が答えて、その正解文を教室前方のスクリーンに先生がタイプし、それをノートに書き写していたら、先生が「他にはない?」と別の生徒を当てて、その生徒が別のアプローチで文章を校正したら、「それもいいわね。」と次の段にその文章をタイピングし、次々他の生徒が「じゃあこの文章は?」「じゃあこれは?」と答えていき、よっぽど素っ頓狂な間違いでもない限り全て正解で、最終的に10個ぐらいの正解文が並んで、ノートが追いつかなくて諦めるということがよくありました。

日本語で言うと「あなたの名前は?」という問いに対して

「私の名前は村上です。」

「私は村上です。」

「私は村上と言います。」

「村上です。」

「名前は村上です。」

「村上という名前です。」

「苗字は村上です。」

「村上という苗字です。」

など全て正解。

日本式の英語だったら

「My name is ○○ Murakami.」

この一つが丸をもらえる基準となりますが、慣れるまでは「どれが一番メジャーな答えやねん!それだけノートに書きたいわ!」といつも思っていました(笑)

とにかく答えは無数に存在するということが当たり前だということ。

一つの答えを追求するのではなく、伝わればOKという考え方。

これが柔軟で多様性のある思考訓練になるのではないかと感心しました。

自己主張・自己責任の国オランダでは、そういった教育の在り方が根付いていることが垣間見え、日本式の教育が染み込んだ身としては、一つの正解を導き出せない気持ち悪さが残ってしまう場面も多々あるのですが、今の時代にはこの多様性・自己責任能力が重要なのではないかと、娘達の将来を楽しみにも思えたオランダ語教室の実体験でした。

とにかく2言語以上を操ることへの憧れは半端ないです!(笑)


カテゴリー: 生活

Tomo Murakami

英語できない、手に職もない村上家の主、4姉妹のパパが2016年10月末より無謀にもオランダに家族で移住し、2018年4月オランダで5人目の女の子が生まれた奮闘記録第二章

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