度々ご紹介している通り、長女9歳、次女7歳、三女5歳(2019年4月現在)はオランダの現地小学校に通っているわけですが、2年半程経つにも関わらず、次女がオランダの現地校にハマっていないようなので、分析してみました。

長女と三女は同系のタイプで、クラスメイトとのコミュニケーションも問題なく、誕生日会に呼ばれたり、長女は友達の家に遊びに行ったり、友達を連れて来たりがしょっちゅうなのに対して、次女はまだそういった交流が出来ず、長女のクラスメイトの家に便乗して付いて行くことが時々あるぐらいで、友達らしい友達はできていないのが現状です。

次女本人曰く、去年のグループ3の時にオランダ語の文章をクラスの皆の前で音読した時に、周りが驚いて少し注目を浴びたことがトラウマの様になったみたいで、長女も以前全く同じ症状だったのですが、去年2018年夏に日本に一時帰国したのを機に何か頭の中がリセットされたのか、それを乗り越えました。

次女は未だきっかけが掴めていない様で、気付くと学校の門をくぐるとパタッと声を発さなくなり、まるで接着剤で唇同士をくっつけたかのように口が開かなくなり、教室の前でクラスメイトに「ハロー」とか「おはよう」とか言われても、うんともすんとも言えず、ただただ困惑した表情を浮かべるばかり。

時々教室に付いて行っても、先生に対しても全く口が開かず、先生と顔を見合わせてお互いに苦笑しながら肩をすくめるジェスチャーという状況。

前にも書きましたが、先生に「今日かけ算の5の段に挑戦する」とか必ず言わないといけない時は、朝僕か妻が先生に「次女から伝えたいことがあリます。」とお膳立てをした上で、蚊の鳴くような声の更に10分の1ぐらいの声で、先生が耳を次女の口元に押し付けて、やっと聞き取れるかどうかのレベルです。

最近はインド人のタナイヤという女の子とアーロンという男の子と仲良くなったらしいのですが、迎えに行った時に観察していると彼女達が一方的に次女に話しかけ、次女はひたすらウンウンと頷くジェスチャーのみで、果たして通じ合っているかどうか微妙なところです。

放課後の校庭で、次女のクラスメイトの一人に「〇〇はしゃべらないから友達になる意味がない」と少し意地悪なことを言われているのを聞いたり、「なぜ〇〇はしゃべらないの?」とか「〇〇はオランダ語が話せないの?」という質問を長女や僕が投げかけられたりすることもしばしばで、次女のいるグループ4では、次女はなぜしゃべらないのか?声が出ない病気じゃなかろうか?など、七不思議の一つのように名物化しているという噂です。

学校が終わって家族だけになると、すぐいつもの舌ったらずのおしゃべりな次女に戻って、ひたすら「あと何回寝たら日本なん?」と夏休みに想いを馳せる日々なのです。

まあ次女は日本の幼稚園時代も端っこで数人だけで遊んでいることも多く、一人で黙々と何かしているタイプだったので、オランダに来たことが大きなストレスになっている訳ではなさそうですが、なるべく幼少期は楽しく過ごせた方がいいと思います。

この現象は何なのか?妻が調べたところ「場面緘黙(かんもく)症」という疾患として存在していました。
医師の診断を受けた訳ではないので、この「場面緘黙(かんもく)症」と決めつけてはいけませんが、明らかにそうとしか考えられない状況です。

場面緘黙症(選択性緘黙)

●他の状況では話すことができるにもかかわらず、ある特定の状況(例えば学校のように、話すことが求められる状況)では、一貫して話すことができない。
●このような状態が、少なくとも一ヶ月以上続いている。(これは、学校での最初の一ヶ月間に限定されない)
●話すことができないのは、その社会的状況において必要とされている話し言葉を知らなかったり、また、うまく話せない、という理由からではない。
●両親の母語が異なる子供や、言語の異なる外国に暮らす子供、幼少期に外国語にさらされた子供は、話すことが要求された言語について自信を失ってしまうことがある。いずれの場合も子供は内向的な性格を示すが、このような言葉の問題によるストレスは、子供を緘黙にしてしまうのに十分な不安の原因となる。

初めの頃は「ちゃんと挨拶せーよ!」とか、「もっと大きい声出さなアカン!」など、強めに注意してしまっていたのですが、これは疾患かもしれないと認識してからは、強要せずに次女が学校でオランダ語を話しても平気だと思える些細なきっかけが転がっていないか願うだけで、朝教室に付いていってみたり、クラスメイトとバイバイする際にこちらも声を出して、紛れるよう促したり、「大きい声は出さんでえーから、挨拶はちゃんとしよっか。」と優しく語りかけるようにしたり、ひたすらその時が来るのを待っている状態です。

オランダ語を母語としない移民の子の為などにフル稼働中の「ロゴぺディー(スピーチセラピー)」で毎週出されるオランダ語の宿題に関して、次女は間違えることなく出来ているのですが、テストをしたらオランダ語が成長していないという結果で、その結果が学校側に報告され、それを基に学校の移民担当の様な先生が次女の為に、児童発達障害の専門の方にオファーしてくれ、その方が、言語を必要としない、知能の発達を図るテストをいくつか次女にやらせてくれたのですが、結果は平均値よりも高く、すなわち知能の遅れなどではないという結果も出ました。

しかし、何を質問しても次女の表情が全く動かないことから感情が全く読み取れず、担任の先生も、移民担当の先生も、専門の方も意見が一致しており、それも症状の一つだという報告も受けました。

以前我が家がオランダのTV番組に取り上げてもらった時に、日本のお菓子のお土産に別人の様に素直に声を上げて喜ぶ次女の映像を、学校の先生方が見てくれており、学校でもあの次女の姿でいてくれる様にと、今度はまた違った角度の調査をしてくれるとのことで、割と適当な印象だった我が娘達が通う現地校でしたが、ちゃんとしてくれるやん!という印象にも変わりました(笑)

最近忙しかったので、なかなか学校の送りも行けていなかったのですが、久々に次女に付いて行くと、校門を通過した途端やはりダンマリで口が固く閉ざされてしまい、今は半ば諦めました。

まあ、かく言う私も次女ぐらいの年の頃は非常に大人しく、決して注目を浴びるようなタイプではなかったので、長い目で見れば「小学校の時は全くしゃべらんかったなー!ワハハハー!」と笑えるようになる時が来るはずと、さほど気にしていないのですが、突然望んでもいない外国に連れて来られた次女からしたら、はた迷惑な話かもしれません。

しかし人生は困難の連続でしょうから、若干7歳の次女の初?試練として自ら状況を打破出来れば、自信に繋がると思うので、何とか乗り越えて欲しいです。

それはきっとほんの些細なきっかけだと思いますが、まあ大人になっても続くのであれば、言葉を発しなくても良い仕事を次女自ら生み出せる力があればいいと思っています(笑)

また変化があれば、このブログでお知らせしたいと思います。


カテゴリー: 5姉妹

Tomo Murakami

英語できない、手に職もない村上家の主、4姉妹のパパが2016年10月末より無謀にもオランダに家族で移住し、2018年4月オランダで5人目の女の子が生まれた奮闘記録第二章

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