会いに行くオランダのリアルコンサル東日本編の初日、名古屋~横浜を経由して、久々の東京は新宿へ。

22歳~37歳までの約15年間を過ごした大都会東京。

東京砂漠という表現が僕にはピッタリで、一時は生涯をここで暮らす覚悟を決めて仕事に没頭した時期もありましたが、やはり自分の居場所としては心休まることのない、よその土地という感覚が拭いきれず、次女が生まれたタイミングで妻の強行もあり、 地元関西へ帰ることにしたという経緯があります。

当時、初めて住んだのが杉並区で、それからはその近辺を転々としていたので、新宿はすぐ近所で、知人との待ち合わせはベタにアルタ前でした。

新宿を訪れるのは、確か2012年5月、大阪に引っ越す直前以来だったので、実に7年ぶり。

自分には合わなくとも大都会東京は、やはり得も言われぬ魅力にも満ちています。

次のお客様とは新宿駅南口で待ち合わせだったのですが、バスタという高速バスターミナルビルが新しく建っていて少しだけ風景が変わっていました。

 

ご依頼頂くお客様はもちろん初対面で、お名前と居住地とLINEアカウント以外はほとんど何も情報がない状態でお会いすることもしばしばで、待ち合わせたお客様は新宿駅南口まで10分程度だということで、勝手に東京砂漠で一人暮らし中の女性を想像していたのですが、現れたのは僕より目上と思われる男性で、勝手に驚いてしまいました(笑)

そのお客様(50代でした)と45歳の僕の二人で、その新しいパスタのビルのカフェを散策しましたが、明らかに若者使用のカフェしかなく、少し場所を移動して半地下のカフェに落ち着きました。

早速そのお客様から、なぜ今回の「会いに行くコンサル」にお申し込み頂いたのか、お話し頂いたのですが、実は最近離婚されて第3の人生として、昔からやってみたかったことの一つである海外移住を考え始めて、そのタイミングで僕のブログを見つけてご連絡頂いたということでした。

ただ、詳しくは書けませんが離婚の原因がかなりヘビーで、人生のドン底からようやく少しだけ這い上がったぐらいのタイミングだった様で、その経緯を説明頂いている間、自然に涙目になっておられ、そのあまりにも過酷な内容にただただ言葉を失う状態でした。

(ご本人の許可を頂いて書いております。)

あまりにも辛いこの状況を忘れる為、遠く離れた異国の地で暮らし、その傷を癒す。

確かに動機としては一見まともな様にも思えなくはないですが、たまたま東日本方面のコンサルスケジュールに合わせて頂いたタイミングが、傷がまだ癒えきっていないタイミングなのは明白で、恐らくこのタイミングで無理矢理移住に踏み切るのは得策ではないと勝手ながら判断させてもらいました。

これはオランダ移住云々の前に、もっともっとその傷が癒えてから、冷静な判断が出来る状態になってから、やっぱり挑戦したいという気持ちになってから移住のお話をしましょうと方向転換させてもらい、そこからはオランダは一旦置いといて、今他にどんなことに夢中になれるか?というテーマで、カラオケやYoutube、日本一周や政治の話まで、思い付く限りの事柄をディスカッションして、あっという間に時間が経ってしまいました。

別れ際に「やっぱり側から見たら立ち直ってない様に見えるんですかねぇ・・・」と弱々しく仰るお客様に、「めちゃめちゃ落ち込んでる様に見えます!!オランダにやっぱり住みたいって心底思えたら連絡下さい。」と言って新宿駅で別れました。

半ば強引にオランダ移住を進めた方が良かったのか?まだ時期じゃないと判断したことが良かったのか?今の僕にはハッキリ分からず、よそ様の人生に口出しするとも取れるこの仕事を続けていくのか?自分の中で葛藤する東京の夜でした。

つづく・・・



Tomo Murakami

英語できない、手に職もない村上家の主、4姉妹のパパが2016年10月末より無謀にもオランダに家族で移住し、2018年4月オランダで5人目の女の子が生まれた奮闘記録第二章

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