2019年夏。前代未聞?!の会いに行くオランダコンサルも遂に完結。

兵庫県の明石から大阪へトンボ帰りで、再び大阪ミナミは心斎橋で3組目の依頼主の方と待ち合わせです。

その方は大阪ミナミで働く若いOLの方で、漠然と海外に住んでみたいという夢があり、お申し込みを頂きました。

単身の移住の場合、ファミリーと比べると、シェアハウスなどで家賃などの生活費は多少抑えられるというイメージがあるかもしれませんが、それでも首都アムステルダムであれば家賃はかなり高騰中で、安くても700ユーロ前後(ほぼ見つからないレベル)、1人住まいだともう地方のファミリー物件並みの家賃1,500ユーロ前後は当たり前で、中心地だとカップルで月2.000ユーロ以上(約24万円 1ユーロ=120円の場合 2019年10月現在)の家賃もザラという状況です。

以前にも書いたかもしれませんが、移住後1年で帰国された単身女性に直接話を聞かせて頂いたことがあるのですが、その方は英語がネイティブレベルで、個人ガイドで起業を志し、すぐにはガイドの仕事もないだろうからということで、その英語力を活かし、とある不動産屋のジャパンデスクとして職にありついたものの、そこまで日本人客が来る訳でもなく、必然的に外国人客を相手にせざるを得ず、電話応対するも住所は当然オランダ語の為、毎回オランダ人の同僚に電話を代わってもらい、職場で自分のいる意義に葛藤し、もちろんそこまで高い給料も望めず、月末に支払う高い家賃などでほとんどお金は残らず、ガイドの仕事の勉強もする余裕もなく自転車操業に陥り、何の為にオランダに来たんだ?と自問自答を繰り返すようになり、1年で見切りをつけて日本へ帰国したという例を、こういったコンサルでは包み隠さずお話しさせて頂くようにしております。

その方曰く、住んでみないと分からない現実がそこにはあり、英語が話せるだけでは不充分だったということを痛感したということでした。

「行けば何とかなる」は、結果うまくいった人から発せられる言葉なのかもしれません。

とシビアなお話を中心に、いきなり移住するのではなく、まず日本で今の仕事をしながら副収入を得ることへのチャレンジをお勧めし、起業マインドを養いながら場所を選ばない収入源を確保すべく、その方の今あるスキルや得意なこと、やってみたいことを聞き出しながら、終電近くまで起業コンサルを繰り広げました。

今のルーティンに新たなことを加えようとすると、かなりのパワーが必要なので、オランダ移住への夢は遠ざかってしまったかもです。

後日、この夏最後のお客様、京都にお住まいの男性と亀岡方面でお会いし、これまた長時間話し込みました。

その方は高校生の頃にオランダが好きになり、何度も旅行に来ているものの、気付けば40歳になっており、奥様やお子さんもいる中で大好きなオランダにこれから住むことは叶うだろうか?ということのヒントを得る為、ご依頼頂きました。

話の中心はやはりオランダでどうやって収入を得るか?

僕もオランダで就職活動をしたことはないですが、日系企業とはいえ、最低限英語でのコミュニケーションは必須でしょうし、現地採用を目論む企業側の意見を聞いたことがありますが、なかなか欲しい人材と現地採用を希望する方とがマッチしないという現実があるようです。

ハナから現地採用狙いでやって来るよりは、やはり自分で起業して独り立ちしていく先に、現地企業への就職という縁が舞い込んで来るというのが正しい流れなのかもしれません。

そんなこんなで、その方ともやはり、どんなことを仕事に出来るのか?その可能性は?今、日本で副業出来ることはないか?などを詰めていきました。

その方曰く、今の生活から抜け出したいとか不満があるということでは決してなく、むしろ今の生活に満足もしているということで、正にオランダのリアルを聞けて良かったと仰って頂き、僕流のコンサルの輪郭がくっきりして来たように思います。

総勢15組、日程などが合わなかった方々が他に4組程いらっしゃり、僕のブログだけの告知でこれだけの方から問い合わせ&実際のコンサルの申し込みがあったということで、まだまだオランダ移住への関心は高いと言えるのではないでしょうか?

また来年もこの会いに行くオランダのリアルコンサル、続けて行きたいと思います。

まあ来年の夏も日本に帰れたらの話ですが(笑)



Tomo Murakami

英語できない、手に職もない村上家の主、4姉妹のパパが2016年10月末より無謀にもオランダに家族で移住し、2018年4月オランダで5人目の女の子が生まれた奮闘記録第二章

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